あるところに、鶏の卵を売って細々と暮らしている男がおりました。ある日、男は飼っている雌鶏が黄金の卵を産んでいるのを見つけて驚きました。それからも雌鶏は1日に1個ずつ黄金の卵を産み、卵を売った男は金持ちになりました。
そのうちに男は1日1個しか卵を産まない雌鶏を物足りなく感じ始めました。
「きっと、雌鶏のお腹の中には金塊が詰まっているに違いない」
いっぺんに沢山の黄金を手に入れようとした男は雌鶏のお腹を切り裂きました。ところがお腹の中には金塊などなく、男は雌鶏を失ってしまいました。
(イソップ童話「金の卵を産む鶏」)

デジタル・テクノロジーの進展は企業の経営環境に大きなインパクトを及ぼしている。

デジタル(digital)の語源はラテン語で「指」という意味の“digitus”に由来すると言われているが、その語源の通り「デジタル化」とは指折り数えて「見える化」することに他ならない。

「見える化」できるようになったのは顧客の購買にまつわる行動である。もっと言えば、顧客が購買の判断に至る以前の意識や態度の変化まで含めたものである。このことが多くの企業にとって、マーケティング活動を推進する上で大きなチャンスをもたらしている。顧客データ解析ツールやソリューションの導入を試みる企業も少なくない。

その一方で、せっかくデジタル・テクノロジーを導入しても十分に活用出来ていないという課題も生じている。本稿ではコンサルタントとしての実務的な観点から、企業の多くが近い将来抱えるであろう問題を提起するとともに、どのような解決の糸口が考え得るか試論を展開していきたい。

ニーズ偏重型マーケティングの限界

企業の多くは日本国内を中心とする成熟市場下での競争に晒されている。成熟市場では限られた既存顧客をとても大切にする。筆者もこの考えに異論はない。但し、デジタル・テクノロジーが絡むと様相は一転する。前述の通り、顧客の購買行動の「見える化」が可能になった中で、ざっくりと言うならば“潜在需要の掘り起こし~見込客の獲得~顧客の選別・育成~ロイヤル顧客化”という一連の流れを、あらゆる企業がシステマティックに取り組めるようになった。このこと自体はマーケティングの効率化という観点では喜ぶべきことかも知れない。しかし、顧客の側からすればどうであろうか。

企業のマーケティングにとって顧客ニーズはとても重要なものである。顧客ニーズを正確に把握することから、様々な企業活動が始まると言っても過言ではない。しかし、間違えてはならないのは、「顧客ニーズ」を重視するのと「顧客」そのものは別物であるということである。本稿の冒頭にイソップの有名な寓話を示した。言って見れば、顧客ニーズとは「黄金の卵」であり、顧客とは「雌鶏」である。

デジタルの力により、企業が顧客を個的に把握するパーソナライズが飛躍的に進展した。一人ひとりの属性に応じて、購買行動履歴に基づき販売活動を最適化することが出来る。ここで起こるのは過去の購買履歴を使ってリコメンドを繰り返す行為である。黄金の卵は一個ではない。企業から何度もプッシュすれば、新しい卵を産んでくれるかも知れない。その先に待ち受けるものは何なのだろうか。

現在のマーケティングは、顧客ニーズを起点に諸活動を最適化する発想が未だ大半を占めているように映る。企業はお客様のニーズを想像して改善努力を積み重ね、競合他社との差異化を模索する。しかし、このアプローチだけでは早晩限界を迎えてしまうだろう。
顧客ニーズだけに偏重しないで済むマーケティング、それはどうしたら実現できるのか。ヒントは「ブランディング」に在る。

ブランディング発想によるブレークスルー

企業がブランディングに取り組む際に「その企業が持つ固有の強みを通じて、ステークホルダーに対して果たす約束」を規定する。我々はこれを「ブランド提供価値」と呼ぶ。その名の通り、「当該ブランドが(ステークホルダーに)提供する価値」のことである。

ここで重要な点は「約束」が共有物であるということ。単独では約束にならない。即ち、企業とステークホルダーとの間に共有する「テーマ」が有って始めて、約束の握手が果たされるのである。「ニーズ」は顧客の側に生じるものであり一方通行である。もう一つ重要な点がある。それは「約束」が将来に対する誓いであるということである。逆に言えば、現在持てる能力だけで約束をする必要は無い。将来獲得するであろう強みを通じた約束であれば良いのである。

こうしたブランディングの発想こそが、顧客ニーズ発想でガチガチに固められたデジタルマーケティングに風穴を開けるものになると筆者は考えている。ブランディングのことを2000年代初頭の経営におけるブームの一つに過ぎないと思う向きもあるかも知れない。しかしその精神や方法論は形を変えて、いま起こりつつあるマーケティングの新時代に活きるものと考えている。成熟市場にこそ、従来からのブランディング方法論の活路が在る。

自戒を込めて言えば、筆者自身もコンサルタントとしての固定観念でマーケティングを捉えがちであった。有体に言えば、二元論的な物の捉え方である。成熟市場と新興市場、既存顧客と新規顧客、従来チャネルと新規チャネルのような形で。単純な二分法で企業の経営環境を語ろうとしたことも有った。現場の最前線で戦うマーケターに対して、新奇性だけで十分に使えない武器を提供しようと試みたことも有る。

現在の企業を取り巻く経営環境はそんなに容易なものではない。従来の方法論を手元に置きながら、新しい方法論をチューニングしていくのがリアルな感覚であろう。ツール(道具)に業務のスタイルを合わせるのを強いることが善とは思えない。新しいものを導入しながら既存の価値や有用性を認める。両者を併存させることこそが挑戦である。それでは、どのようにすれば企業変革を実現することが出来るのだろうか。

プラットフォームの可能性

筆者はデジタルとブランディングを融合した仕組みを導入することが必要と考えている。キーワードは「プラットフォーム」。プラットフォームとは直訳すれば「場(基盤)」である。それはどのような「場」なのか。私はこのように定義したい。

企業と生活者、企業と企業、または生活者と生活者の相互作用を促進し、それぞれの便益を拡大し、増幅する仕組みや協調の”場”(往々にして、一企業の枠組みを越えた新たな生態系を創りだそうとする試み)

往々にして顧客ニーズは既に過去のものである。これは前述の通りである。重要なのは生活者の側面まで含めた顧客と緩やかに常時接続できる「テーマ」に基づいた体験装置。プラットフォームはまさにブランド体験の仕組みでもある。プラットフォーム構築により企業のマーケティング活動は新たな局面を切り開くことが出来る。一例を挙げれば、

  • 商品単体(ニーズ)を超えた商品サービス横断型ブランド体験の実現
  • マーケティング効率性追求とサービスイノベーション機会創出の実現
  • 外部のサードパーティも含めたエコシステム型マーケティングの実現

プラットフォームでは、このようなことが可能になる基盤足り得ると筆者は考えている。何よりも、コンセプト(ステークホルダーに提供する価値)からブランド体験まで一貫し、ユーザー間が緩やかに繋がる仕組みには、企業が仕掛けた想定を遙かに上回る新たな事業機会も起こり得る可能性がある。

プラットフォーム構築の試みはまだ始まったばかりである。しかし、デジタル・テクノロジーを真摯に経営に取り込もうとする企業こそ、戦略構想からプラットフォームの構築・運用までをワンストップで実現する統合ソリューションが必要になると考えている。

テクノロジーの導入は手段に過ぎない。大切なことはマーケティングが革新すること、そして長期的には企業のブランド価値創造に結び付くことである。
その変化はいま、足下から起こり始めている。

 

参考文献:

  • 山本光雄訳著「イソップ寓話集」(岩波文庫、1963)

 


 

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