地方から世界、このステップを一歩ずつ進めているフレッシュな力がある。福岡を拠点に専門学校を展開する麻生塾、そしてMade in Japanをスローガンに、世界品質の地方工場と共にファクトリーブランドファッションを展開するFactelier, 両事業を牽引するお二人の話から、意外な共通点が見えてきた。それは、「地方から世界へ」という構想が、逆に地方を元気にする力になる、ということである。ビジネスの拡大を国外に求めることと、国内の空洞化は、セットで語られることも多い。しかし、麻生塾とFactelierの挑戦には、地域の新たなヴァイブレーションを感じるのである。
お二人の力を、1.事業の背景、2.地域のビジネスであることは、どのように世界に踏み出す原動力につながっているのか、3.世界への挑戦と地元の活性化、の3点から紐解いてみたい。

海外へ日本の良さを伝える

Interview: 麻生 健 氏 (学校法人麻生塾 麻生専門学校グループCEO)

―麻生塾グループと麻生塾とは
麻生グループの教育部門として、福岡県下に専門分野に特化した12の専門学校を展開する学校法人です。
麻生グループは1872年(明治5年)に麻生太吉が創業した石炭産業から始まり、明治・大正・昭和初期と筑豊有数の炭鉱主として、石炭の他にも銀行、電力、鉄道、病院、セメント事業など幅広く事業展開してきました。戦後になると、石炭からセメント事業に転換し、現在はセメント、生コンクリート製造販売のほか、いま我々がメインに取り組んでいることが医療や教育事業で、日本でも屈指の規模である飯塚病院を核に健康医療福祉事業、そして総合専門学校麻生塾を中心とした教育事業の運営です。
「麻生塾」は1939年に、麻生太吉が、志の高い若者への教育の場として設立した教育機関です。校訓を「無私」として、いまでもその精神を受け継いでいます。長く続けて行くためには、地方ならではとも言える、信頼関係が非常に重要だと考えています。地場の人間として、九州の顧客ニーズに応えることを中心にやってきましたという思いがあります。地域に貢献していくことで、信頼をいただいているのかなと感じています。

この9月に、インドネシアの大学と共同で新学部を設置すると発表されました。
はい、インドネシアのジャカルタに本部を置くインドネシア国内トップクラスの総合大学であるBINUS大学と共同で「Binus ASO School of Engineering」を設立しました。麻生工科自動車大学校の自動車工学・機械設計科と麻生建築&デザイン専門学校のプロダクトデザイン科の教育ノウハウを生かした2学科を設置し、グローバル社会で活躍できる人材の育成を目的としています。
もともと九州は自動車産業が盛んで工場も多い地域だったので、麻生塾としても工科自動車大学校を設置していました。一方、インドネシアでも自動車産業が伸びており、インドネシア人を教育するようなカリキュラムとしてトヨタさんも道場を作られたりしています。我々もタイやベトナム、インドネシアなど色々見に行かせていただいたなかで、これなら出来ると思ったことがあります。それは、専門学校ならではの就職率向上ノウハウだけではなく、我々が目指しているGCB(グローバル・シティズン・ベーシック)教育です。幅広い視野のもと志を持って行動できる人材すなわち人間力、総合力といわれるような自ら考える能力を伸ばすことです。
インドネシアや東南アジアというのは、社会のなかで自分の役割はこれだと大卒のインドネシア人は決めてしまっていて、ブルーカラーの仕事は高卒やポリテク卒業がやるものだとして自分で汗をかかない。でもそこがなぜ重要なのかということを大学時代に伝え、さらに日本企業へのインターンシップによって理解してもらうことで、現地の日系企業のニーズに応えられるのではないかなと思っています。

建築とデザインの専門学校も準備されていますね。
インドネシアは親日国なので、マンガやLINEもそうですし、デザインなどにも非常に興味を持っています。彼らの目的は就職ですし、就職も日系企業に入ってみたいという思いもありますから、その期待に応えたいと思っています。

新しい学部で行う授業は英語ベースですか。インドネシアの学生はどれくらい英語に対応できるのですか。
授業はすべて英語になります。正直な話、日本よりはるかにレベルが高いですね。なぜかというと、インドネシアもベトナムもインターナショナルスクールが非常に多いのです。逆にベトナムではベトナム語をまともに話せないのに英語はやたら話せるという問題もあるのですが、英語の授業は日本よりはるかに苦にならない学生は多いですね。

逆に日本だったら実現しなかったですよね。
基本的に無理だと思いますね。実は本当に私がしたいのは、あと3年後5年後に例えば海外の留学生が日本の専門学校である麻生塾に来て、2年か3年のカリキュラムで英語で行う授業をしていきたいなと。そのまま日系企業に就職したり、もしくは現地で日本の資格を活かして活躍してもらいたいですね。

 

地域だからこそ成し得た海外展開の一歩とは

我々が外へ出られたという強みは、オーナー企業だからだという要因もあります。地方にはオーナー企業は多いと思いますけれども、やはりスピードが大事ですし、今回の提携の現地の会社もオーナー企業ですからオーナー同士でスムーズに進むというのが非常に強いですね。

インドネシアやタイはオーナー財閥がGDPの結構なパーセンテージを占めています。スピード感とは相手に対する反応の速さですよね。よく日本は、交渉する人間が決定権を持たず持ち帰って検討しますということでスピードが遅いといわれます。お伺いした、スピードの速さというのは麻生塾の文化でもあるのでしょうか。
もともと石炭屋ですから、石炭がなくなって瀕死の状況になるなかでセメントに行きました。その後セメントはバブル時代より生産量は市場の中で半分並みになり、どうやって生き残るかという模索をしました。そこで事業のウエイトを、病院だったり、教育だったり介護だったりと多様化しながらスイッチングしているのです。福岡、九州に根差し続きた分、常に地域における新市場とは何か、あるいは新顧客、新ツールは何かということを意識して事業を進めています。それがやはりスピードというDNAを形成しているのかなと感じます。成長しないと死んでしまうというのはよく分かっていますので、そこが企業文化というか、経営者の文化なのかもしれませんね。
そうして日本の状況を見ると、日本の大都市以上にこんなに成長しているところが東南アジアにあるわけです。あれを目の当たりにして、東京が魅力的かと言われたらもっと魅力的なところはいっぱいある。やはりそちらに目を向けないといけませんし、10年後20年後を視点に見つめていかないといけません。我々の教育にしてみても、今後学生が増えることはないですからね。

英語の必要性はどの企業もそうだと思いますが概してなかなか追いつかない。なんとなく九州の企業の方がむしろ意識的に海外に目が向いていて英語が必要とするニーズが高いのかなと感じました。
そうかもしれないですね。観光客もアジア人が圧倒的に多いですし、数は確かに東京の方が多いとは思いますが、人口の割合に対しての観光客数比率が高いですね。東京や大阪ではなくて、アジアに興味がある日系企業さんは九州では全体的に多いです。なので、実際海外に視点を向けたビジネスに舵を切ろうと言う動きにつながっているのかなと思います。

攻めの姿勢であるとか、外に行こうというお考えというのは、やはり九州ならではの気質のようなものがあるのでしょうか。
それはあると思いますね。福岡は芸能人も多いのですが、ミーハーな人が目立ちますね(笑)。あとは強いものが好きという文化があるかもしれません。だから自分も早く強くなりたいとか、目立ちたいとか、そういう気質はあるように感じます。それから外国の方も多いですし、歴史的にも、異文化のカルチャーがあってもすぐに受け入れるというか順応性が高い。これが九州の魅力のひとつかもしれないですね。

 

地方から世界へ、の構想が、地元の人も元気にする

麻生さんの構想は、いわゆる麻生塾とBINUSが組んで企業に求められる高度な人材をインドネシアで育成し、できれば九州ひいては日本のメーカーに貢献をしてもらえればという構想ですよね。‘行って戻ってくる’という流れを作っていらっしゃるようにも感じました。
そうですね。加えて、日本人の高校生や当校の専門学生が単位互換であちらへ行って現地で採用されるという、インバウンドとアウトバウンドの両方をしたいです。日本人の学生がBINUSの大学を卒業してインドネシアの日系企業で働く、そのような流れを作りたいのです。
麻生には6000人近い学生が在籍し、その中で、海外で活躍したい学生はたくさんいます。我々のほとんどの学科で海外研修を導入していますので、年に100人近くが留学しています。
そうした学生の後押しをするためにも、我々はまず、海外がいかに魅力かを教職員に伝えています。教職員がグローバルにならないと学生はグローバルになりようがない。毎年インドネシアに50人ほど教員が行っていますが、例えばインドネシアのニーズがどうなのか、シンガポールの介護業界はどうなのか、海外で感じたこと、成長できたことを学生に伝えることによって学生が行ってみたいなとなる。やはり学校というのは教員ですから基本的には教員が働きやすい成長しやすい環境を学校がつくれば学生も成長していくと考えています。
一方、日本が成長していくというのはかなり難しいのではないかと思います。韓国は内需がないから海外へ出ているように、日本もこれからそうなっていくだろうと危機感を持っていて、そうしたなかで海外でも活躍できる人材が今の日本にとっても必要だと。そして、東京などでやるよりも仮に専門学校を卒業して3年でも5年でも東南アジアで仕事をしたというキャリアがあれば、かなりのりしろが強くなると思います。
これからは、インドネシアやベトナムから謙虚に学ぶことも多くなってくるでしょうね。
そうですね。彼らは本当にハングリーですし、そういう現地の授業をやっているところへ日本人の学生が行くとカルチャーショックを受けるのです。仕事が終わって夜間に学校へ経理の勉強をしに来ていて教室に入りきらないという現地の状況を見せると、日本に居る自分たちはなんて平和なんだろうと気付くわけです。日本人の方々は、まず恵まれていることに感謝して、その先何か行動に移そう、というところまで行く、そんなお手伝いをしていきたいなと思います。海外へ行くからこそ日本の良さも分かると思うのです。

 

日本から世界ブランドをつくる

Interview: 山田 敏夫 氏 (ライフスタイルアクセント株式会社 代表取締役社長)

「Factelier」とその事業背景について教えていただけますか。
世界ブランドを手掛ける日本の工場と提携し、ファクトリーブランドをお客様に直接届ける、専門通販サイトです。
事業の経緯は、もともと私が熊本にある創業100年の婦人服屋の息子だったということもありますが、その部分では、自分で事業をやるというごく自然なことでした。 ただ起業することに関して、「沸点」を超えるということをすごく大事だと思っていました。楽しさ嬉しさ怒り悲しみ憤り、何でもいいのですが感情が沸点を超えることが重要だと思っています。ですので、簡単に言ってしまうと、今の事業に対する温めてきた思いが、沸点を超えたから起業したというのが結論です。
温度がすごく上がったのは二十歳の時にフランスへ留学した時でした。グッチのパリ店で働いていたのですが、その時にパリのスタッフから言われた“日本にはブランドがひとつもない”という言葉がすごく感情を刺激してくれました。彼らからするとブランドというのはものづくりからしか生まれないと思っているんですね。それもそのはずでグッチもエルメスもまず社員になったら工場へ研修に行き、ひとつひとつがどう出来ているのかを学びます。例えばエルメスのケリーバッグはひとりが2日半かけてつくるから100万もするのだ、という具合です。このモノづくりのルーツが大切で、グッチもエルメスもヴィトンも工場から始まっているので、モノづくりの場がないブランドは、軸がなくて空中浮遊してしまうというのです。
しかし日本に帰って来てみると、工場が激減し、下請の下請というポジションで光が当てられていない。ホームページも持っていないし、守秘義務契約でどのブランドをつくっているか言うことも出来ない。そしていつの間にかに消えてしまっている状態でした。グッチのスタッフにも、「日本のグッチをつくる」と言って日本に戻って来ましたし、日本の工場を回って、それをもう一回つくろうと思ったのが起業の経緯です。

それぞれの工場が非常にクオリティ高くある専門分野を確立していらっしゃるとのことですが、世界品質ということを少しかみくだいて言うと、どういった品質でしょうか。
心くばりのあるもの、真面目なもの、でしょうか。品質というのはすごく難しくて、‘良い’って何だろうと私もいつも思います。良いというのは結論的には事実と真面目さの積み重ねだと考えているのです。例えば真面目さでいうとちゃんと仮縫いをするかどうかが大切です。直接一本縫った方が楽で安いわけですが、良い工場というのは二度手間でも仮縫いをしてからでないと本縫いはやりません。もうひとつは、例えば柔らかい生地であれば柔らかい縫い方をするとか、その技術力の部分と、丁寧に仮縫いしてやるという正確性とこの二つがあるかどうかじゃないでしょうか。

 

地域から、世界品質を生み、それを世界へ展開する

今お仕事していらっしゃる工場は、どれもが世界品質ということだと思いますが、地域性ということと、世界品質を実現するということにはどのような関係があるのでしょうか。
Factelierが提携する工場は、青森から九州まで点在しています。その中には、九州の人吉の工場のように、もともとそこに産地があったわけではなく市が誘致した工場だというケースもあります。
ただやはり産地の強みは、そこに行けばA社が出来なくてもB社が出来るとか、C社が出来るといった、ある分野のものづくりが集積している点にあると思います。その地域に特定分野の情報が集まるので、普通は、ある工場にはその工場でしか買えない生地見本しか置いていないのですが、産地の工場ということで、色々な他工場の生地見本帳がたくさんあったりします。また、地域の協同組合に行けば、さらに様々な見本があって、みんなが見れるようになっていたりもします。例えば群馬の桐生ならシルクですし、新潟ならニットですし、このように、多くの情報が集まるという点が、ものづくりの品質を後押ししているということはあるかもしれません。

世界品質の工場のブランドですので、今後、世界へ展開されていくという構想をきっとお持ちだと拝察します。
今後世界に向けて展開していきたいと思っています。いま100カ国以上からアクセスが来ていて問い合わせも来ています。もともと日本のグッチをつくると始めましたので、明日にでも海外販売はしたいくらいです。しかし、お問合せいただいた全ての国に展開するわけではありません。私たちは4000円、5000円のシャツをつくっても意味がないと思っています。今は約1万円で販売していますけれど、おそらく百貨店では3万円以上するものです。やはりメイドインジャパンであれば世界で評価されると思いますし、逆にそれだけの技術を詰め込めないと、中国にとって変わられてしまいます。1万円くらいするレベルのものをたくさん集めていきたいと思っています。

世界からアクセスが来ているということですが、みなさんどういうポイントに興味を持たれているのでしょう。
やはりクオリティです。デザインではないですね。デザインならばエルメスとかグッチなどがいいわけですから。私たちはあくまでもベーシックデザインで、なおかつ何回洗っても襟がよれないTシャツとかですからね。

100カ国から関心を持たれたというはすごいことだと思うのですが、品質の良さもさることながら、ブランドの裏にみんなが共感するストーリーがあったのではと思うのですがいかがでしょうか。
感じることは本当に国によって違うと思います。アメリカでいうと寄付文化が当たり前なので、もしかしたら「減っている地方工場を助けている、いいやつだ」、みたいなことなのかもしれないですし(笑)。アジアで言うと逆に日本に憧れがあるのでかっこいいものがそろっているサイトと思っているのかもしれないです。各国の文化によってそれぞれ違うのかなとは思います。ただ、私たちが伝えたいことはひとつ、良いものをつくっている、だから買ってください、だけなのです。社会性に根付かせるというのは結果論であって、後からついてくればいいと思っています。日本各地の工場から世界に通じるブランドをつくるということを愚直にやっていくことが一番だと思っています。そして、世界の人々がどう思っているのかいうことと、私たちが伝えていることが、結果として一致していたらいいなと思います。

 

世界品質が地元を元気にする

地域の工場に「Made in Japanの世界品質」という光をあてることは、ひいては地域の高齢化や、産業後継といった社会的問題の解決にもつながるような気がします。
絶対にあると思います。日本から世界ブランドをつくる、という想いでFactelierをやっていますけれど、シャネルやグッチのように、人を採用したらまず自社の工場に行かせる。そういう立ち居地になりたいです。
そのためには、この工場で働きたい、と思わせるというモチベーション、動機付けがとても大事なのです。このFactelierの商品には、Factelier by HITOYOSHIというように必ず工場名が入ります。そして私たちは工場の地元の新聞社に、新商品のプレスリリースを必ず出しています。すると子どもがそこで働く自分の親をかっこいいと思う。高校であれば地元にこういうところがあるなら実習で使わせてもらおうといった、交流が生まれる。
今年4月に人吉の工場に18歳の新卒社員が3人入ったのですが、やはり自分たちの工場生産が回転しだして、人を雇用出来る状態になったときに、雇用するための武器をつくることはすごく大切だと思いました。採用した後も工場というのは、トイレも和式だったり休憩室が寒かったり、色々と解決しなければいけない問題もたくさんあります。私たちとしてはその工場がビジネスとして潤うだけではなくて、採用のための武器(人を引き付ける魅力)を持ってもらうことが大切だと思っています。
売れれば売れるほど潤う仕組みを循環させていくことは大切なので、私たちはファクトリーブランドの‘伝え手’として、お客さんだけではなく、工場の地元の住人にも伝えています。
ひとつおもしろいことがあります。人吉の工場の近くに60歳くらいのご主人がひとりでやられている小さなテーラーがあるのですが、その方から地元の新聞を見て、「地元にこんな工場があるなんて知らなかったから、ぜひそのシャツを置かせて欲しい」と言われました。地元の方が地元のテーラーでシャツを買うというはすごくいい循環なので、ぜひやってみてくださいと言ったのが1年半前です。最初の月の売り上げが2枚でした。人吉は3万人の町なのですが、なかなか1万円のものは買わないですよね。その翌月は3枚、そろそろ止めますか言ったら、そのテーラーは、「新しい商品を仕入れるお金もないので、シャツがあるだけでも毎月商品が変わるのでそのままでいい」とのことでした。
ご主人が私たちに期待したことは、毎月仕入れの変わりになる商品がくること、もうひとつはインターネットで人を呼び込んで欲しいということでした。ですので人吉新聞や熊本日日新聞でPRしたり、メルマガを送ったりしていました。結果、先月はなんと1万円のシャツが100枚を越えたのです。すごいですよね。地域自体にターゲットがいたのです。
ユナイテッドアローズやビームスで月に一店舗あたり大体100枚なので、それが1年で3万人の町のテーラーのオーナーがなったわけです。意外と地方発展であるとかビジネスの種は近くにあって、その課題を見逃さずに一緒にやっていくとすごくビジネスチャンスは生まれるものだと感じました。そういう地域に根ざした循環を地に足つけて生んでいくということがとても大切だなと思います。

 

麻生塾とFactelier、全く違うビジネスではあるが、地域を大事にする、地域の良さを信じる姿勢は共通するものがある。だからこそ、世界を見て、世界で伸びて行こうという気持ちが、地元を元気にする力にもなっていると感じた。

(日本マーケティング協会『Marketing Horizon』 2014 Vol.10 掲載)