様々なスペシャリストにインタビューをするシリーズです。第3弾は、京都造形芸術大学 芸術学部芸術教養学科 准教授でデザイナーとしても活躍されていらっしゃる早川克美さんです。(以下敬称略/全4回)


第1回 デザイナーとしての原点

1. パブリックデザイナーとしてキャリアをスタート

早川: 大学を卒業後、GKインダストリアルデザイン研究所というところに就職し、同グループのGK設計に配属になりました。
パブリックデザインを担当していましたが、11年間まさに修行の日々でした。ちょうどバブル期の直前に入社し、絶頂期を経て、バブルがはじける頃まで在籍していたという感じです。当時は公共事業への予算が非常に潤沢な時代。また、「地方の時代」とも言われていて、各自治体がいかに自分の自治体の差別化を図るかということに必死になっていました。そんな中でのパブリックデザインなので、サイン計画はもとより、景観計画や街づくりの計画に加え、民間企業が手掛ける建物のファサードのデザインを考えてほしいというご依頼をいただいたり、また道路公団さんから、高速道路のかっこいい防音壁をデザインしてほしいというご依頼もありました。パブリックなプロダクトからランドスケープまで非常に幅広くやっていた時代でした。

楠本: 発注側の方々のデザインに関する感度が今よりも高かったのでしょうか?

早川: そうかもしれません。さまざまな対象にデザインを盛り込もうとしている時期でした。発注側の方も大変勉強熱心で刺激的な仕事が多かったです。ただ、個人的には、本当に幅広い対象を相手にしていたので、守備範囲が広すぎて、自分が一体何の専門家なのかだんだん疑問を感じるようになっていきました。その当時、例えば建築家が街や都市に対して物申したり、照明デザイナーが環境について語ったり、立ち位置がはっきりしている人は他の領域についても物言うことができるけれども、広く浅い自分は他の領域に対しても広く浅くしか話せないと感じ、すごく危機感を覚えたんです。そこで、一度自分のスタンスをあえて狭める必要があるなと思い、サインに特化したデザイン会社に転職しました。

 

2. サインのデザイナーから、研究の道へ

楠本: なぜサイン専門のデザイナーになろうと思われたのでしょう?

早川: GK設計の中で私が最も多くのサインを担当していたからです。それゆえに、問題意識もいろいろ持っていましたし、自分なら新しいサインの考え方を世の中に提示できるのではないかと、少し大それた野心みたいなものもありました。

楠本: それでサインの専門的な領域に入ったんですね。

早川: 「わかりやすさ」というものを追求していかなければと思い、人はどうやって空間を理解するのかであるとか、どうやって行動を判断をするのかといったことを突き詰めて考えるようになったんです。それぞれの建物によって用途も違いますし、空間の条件が変わるので、このプロジェクトではこういう仮説で答えを出してみようという感じで、プロジェクト毎に自分なりの仮説を作っていきました。かなりの数の仮説を打ち出せたと思います。賞もたくさんいただき一定の評価を受けていたと感じます。しかし一方で、Aという仕事が終わると、即Bという仕事が待っているという状況の中、仮説を検証する間もなく、次の仮説を立てなければいけない。めまぐるしく仮説を立て続けていくという日々を繰り返していくと、ある時、果たして本当に自分が立てた仮説は正しかったのかどうか検証したくなるわけです。

また、自分としてとてもいいアイディアを出せたと思うと同時に、考えが消費されていくような不安に陥ると言いますか、自分の中で思い付いたことをどんどん消費してしまう感覚がすごく恐ろしいなとも感じていました。一度やったことは二度とやりたくないという性格もあるのですが、追い立てられるような感覚に陥り、これは一度検証するというステージに自分を置かないと、意味もなく疲弊してしまう。本当に良かったのかどうかがわからないまま次に進むというのは本来良いことではないなと思い、研究する環境=大学院に行きたいと考え始めました。

一方で当時、デザイナーをしながら非常勤講師として大学で教えていたのですが、自分の組み立てたプログラムで学生が劇的に変わっていくその変化を目の当たりにしました。そして、「ああ、教育ってなんてクリエイティブなんだろう!」と感動してしまったんです。その時に、大学の教員になりたいなとふと思い始めました。大学院に行きたいという思いと、大学の教員になりたいという思いがセットになって、大学の教員になるにはまず研究というものに向かう脳の下地を作らなければといけないと、大学院への進学を決意しました。

楠本: クリエイターの方には、作りたい、表現したい、目立ちたい、など様々なモチベーションがあると思いますが、先生はその先の、どういう結果につながったのかということにずっとこだわってこられたのかなと感じます。表現の仕方よりも、その一連のプロセスに関心を持たれたから今のキャリアを選択されたのかなと。常に相手・対象物を意識して物事を考えていらっしゃるんだなと思いました。

早川: そうかもしれないですね。GK設計での教えが私の原点なのですが、当時の西澤社長、榮久庵憲司氏のナンバー2だった方ですが、その人に「常に社会的意義があるかどうかを考えてデザインしろ」と指導されました。今描いている一本の線に、一つの色に、社会的意義があるのかといったことまで突き詰めて問われる、そんな現場だったんです。自分がやっていることが対費用効果を持っているか、使う人の幸せにつながっているかということを常に考える。そのトレーニングが、今でも考え方のベースになっています。

楠本: それはすごくいい言葉ですし、公共デザインをされているが故の思想ですね。同時に、それは全てに共通しているなと感じます。マーケティングでも、最近はそういったことを考えてやらないとすぐにばれてしまいます。ユーザーの方が見る目を持っていますので、その施策が本物なのか、書かれている理念はただ言っているだけじゃないのかなど、見破られてしまいますから。そういった考え方が通底していることの重要性を本当に感じます。

早川: 本当ですね。

―「デザイン思考のすすめ―第2回:『らせん的思考』の有効性」に続きます


■デザイン思考のすすめ ― インタビュー連載 (全4回)


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京都造形芸術大学 芸術学部 芸術教養学科 学科長 准教授 早川 克美 氏

武蔵野美術大学卒業。東京大学大学院 学際情報学府修了、修士(学際情報学)。
「人と情報」・「人と空間」の適切な関係を構築するデザイナー、「学びを支援する環境をどのようにデザインすれば有効なのか」をテーマにした研究者、そして「身の回りの環境を常に新鮮な目で捉えるデザインの感性・知性を育む学び」を支援する教育従事者としての3つの活動の有機的な連携に取り組んでいる。2004年グッドデザイン賞金賞、2007年JCDデザインアワード審査委員特別賞、FUSION MUSEUM KNIT × TOY(2007・SDA賞サインデザイン賞)、SHINJUKU PICCADILLY INFOMATION PROJECT(2009・SDA賞サインデザイン優秀賞)