京都造形芸術大学 芸術学部芸術教養学科 准教授・デザイナーの早川克美さんのインタビュー連載第3回です。(以下敬称略/全4回)


第3回 「ユーザー中心主義」と「デザイン主導主義」

1. 製品中心主義への反論として生まれた「ユーザー中心主義」

楠本: 先生の本を拝読しました。本の中で、「ユーザー中心主義」と「デザイン主導主義」という二つのワードが出てきますが、それぞれの内容と違いについて教えていただけますか?

早川: 「ユーザー中心主義」というのは、もともとはコンピューターの発達の中で、より使いやすさを追求する上で、人、つまりユーザーを中心に考えるべきという考え方です。それまでは人が機械に順応しなければいけない、慣れなければいけないという「製品中心主義」でした。いや、違うだろう、人のためにコンピューターがあるべきだ、というそれまでの時代に対する反論から出発しているのが「ユーザー中心主義」です。

そして今では、商品開発やデザインプロダクトといった分野にもその考え方が取り入れられるようになり、私たちの暮らしを豊かに使いやすくしていくためのデザインの考え方として提唱されるようになってきました。

楠本: 機能ありきではなく、それを使う人を中心に考えるということですね。

早川: そうです。今世間で言われている「デザイン思考」というのは、まさにそのユーザー中心主義のプロセスを思考化したものなんです。5段階のプロセスがありますが、第1段階:観察・共感・洞察から始まり、第2段階:問題定義、第3段階:創造~視覚化、第4段階:プロトタイプ、第5段階:テスト~評価と改良、というそのサイクルをらせん的に考えていくことで、社会性を持った新しいものを生み出すことに今つながっているのだと思います。

楠本: ユーザー中心主義のデザイン思考で生まれた製品は増えてきていると思われますか?

早川: 非常に増えてきていると思います。5~6年前と今ではずいぶん変わってきているような気がします。

楠本: 例えば、この10年ぐらいの過程の中で、「製品中心主義」から「ユーザー中心主義」にものづくりの思考が変わってきたなと思える企業はありますか?

早川: 日本のパソコンメーカーは変わってきている気がします。Appleの影響もあるかもしれませんが、新しい使い方の可能性を提示している製品が出てきています。例えば、キーボードが取り外せて、タブレットとしても、ノートパソコンとしても使えるというもの。あれはおそらく、そういうことができたらいいなというプロトタイプの検証があって生まれた製品だと思います。デザイン思考がそのような製品を創造しているんだなということを感じています。

楠本: デザイン思考のプロセスは理解できても、人ってなかなか変われないと思うのですが、そういったプロセスを回せるようになるためには、まず何をするべきでしょう?いろいろな方と出会ってこられた中で、先生はどのように思われますか?

早川: すごくシンプルなことでは、常日頃から与えられたものはそのまま受け取らないようにすること。なぜ?という素朴な疑問を大切にしてほしいなと思います。その与えられたものはなぜこうなっているのだろう?どうしてこうしたのだろう?というような疑問から、次の答えは見つかるはず。自分に問いを持つと、成立の背景などを意識したり、物事に対してだんだん敏感になってくると思うんです。それは、そのプロセスを後追いでなぞっているような、逆回転しているような作業になるわけですが、それを繰り返していくと、徐々に、漢方薬のように効いてくると思います。

楠本: 直線的に見るのではなく、一つの問題に対して、本当に問題なのか?ということをまず考えることがデザイン思考の出発点だと。

早川: 人間関係もそうですよね。例えば夫婦げんかで奥さんが怒っている時、実は怒っている理由は別にあったなんてことってよくあるじゃないですか。一つの問題に対して、本当に問題なのかを突き詰めることは全てのことに必要だと私は思っているんです。

楠本: 表層的に見えているものだけを捉えるのでは、本当の意味での解決にはならない。それも含めて広く深く見ていくことがデザイン思考なのですね。

 

2. 想像力とテクノロジーから生まれる「デザイン主導主義」

楠本: ユーザー中心主義は、まさにデザイン的なアプローチそのものとのことですが、「デザイン主導主義」は製品中心主義とはまた異なるのでしょうか?

早川: はい、異なります。今やユーザー中心主義がブームのようになっていますが、全てのものがユーザー中心主義でできているわけではないなとずっと思っていたんです。ユーザーの現状を観察をすることで問題を発見するのがユーザー中心主義のプロセスですが、現状観察からは決して生まれないものがある。例えばソニーのウォークマン。当時まだ誰もヘッドフォンをして歩きながら音楽を聴くなんていうことが当たり前の世の中になるとは思っていなかった。すごく未来の話だったわけですよね。その未来の体験を考え、ソニーの技術でもって創造したというところが、ユーザー中心主義では説明できないことだと思います。

楠本: 確かにそうですね。ユーザー中心主義は、まさに今現在のユーザーの様々な関係性を起点に、本質的な解決法を導くことかと思いますが、ウォークマンはその時の人の関係性を見つめて出てくるアイディアではないですよね。

早川: さらに言うと、当時のカセットプレーヤーをコンパクトにする技術があって、その技術で何か新しいものを生み出せないだろうかというところから出発しているんですね。新しい意味を持つものを、テクノロジーの裏付けをもって作り出す、創造していくことが「デザイン主導主義」です。

楠本: そこには必ず技術があるのですね。

早川: 技術ばかりが急進的でも世の中に定着しないですし、ひらめきやアイディアだけでも実現しない。急進的な変革というのは、実は想像力と技術がセットになった時に生まれているのだということを考えると、デザイン主導主義から生まれるデザインは、ユーザー中心主義とは全く異なる生まれ方をしています。ユーザー中心主義がマーケットからアイディアやヒントを引っ張ってくる「マーケットプル」であるのに対して、デザイン主導主義はテクノロジーが後押しする「テクノロジープッシュ」だと分けて考えることができると思います。

「マーケットプル」か「テクノロジープッシュ」かを使い分けるというよりは、あり方の違いを理解しておくことがすごく重要だと思っています。例えば、一人暮らしの女性の部屋の照明を考える際、彼女がより簡単に電球を交換できるようにするためにはどうするべきだろうという問いに対して、生活必需品としての照明と彼女との関係性を丁寧に説いていくことが、マーケットプル、つまりユーザー中心主義です。

一方、テクノロジープッシュ、デザイン主導主義で考えると、夜7時に帰宅する彼女をどのように癒やすことができるかといった情緒的な問いになるわけです。生活必需品としての照明器具ではなく、ライフスタイルと照明との関係を考えるところから始めるという、まさにデザイン主導的な考え方が発端です。そして、その問いを実現させるための技術が背景に存在して、全く新しい価値を持った照明が生まれる。ですから、「ユーザー中心主義」か「デザイン主導主義」かは、何を求められているのかと同時に、何を生み出そうとするのかによって、自ずと変わってくるのだと思います。

ただ、Appleはデザイン主導主義で新しいサービスやプロダクトを生み出していますが、社会に提示されるまでには、ユーザー中心主義のプロトタイプの検証もものすごく行っています。組み合わされることで新たなプロダクトが生まれるということもあるため、切り離して考えることはできないのですが、全てのメーカーがデザイン主導主義を実践しているかというとそうでもありません。

楠本: 両方あり得ますよね。何を生み出したいかによって、どちらのアプローチが然るべきなのかは変わってくるということですね。

 

3. 「アフォーダンス」はユーザー中心主義?

楠本: 以前「アフォーダンス」という言葉がすごく流行りましたが、最近はもう聞かなくなりました。もう定着したから聞かなくなったのか、それとも消費されて日本人の興味が違うところに行ってしまったのか…。アフォーダンスは、まさにユーザー中心主義そのものではないかと思うのですが。

早川: 流行ったアフォーダンスという言葉は、本来のアフォーダンスの意味ではなかったんです。流行ったアフォーダンスは、例えば握りやすい取っ手など、「ある行為を誘導するためのデザイン」という意味で使われていました。しかし、本来の「アフォーダンス(affordance)」とは、意図して作ったものに対してではなく、「外界と人との関係において、もともとある環境が人の行為を規定している」という考え方なんです。

例えば、大きなテーブルがあって、その上にハイハイができる赤ちゃんを乗せたとすると、赤ちゃんはテーブルの縁ギリギリまでハイハイしても決して落ちないそうなんです。その場合、このテーブルの縁が赤ちゃんの世界を規定しています。テーブルを製作する際、赤ちゃんが落ちないことを意図して設計していないですよね。でも、赤ちゃんにとっては、そのテーブルによって動作を「アフォードされている」という言い方ができるんです。

それからお茶が入っている紙コップ。お茶が見えると飲むという行為を「アフォードされる」のですが、お茶を飲んだあと、その紙コップを太鼓みたいに叩いてみるとか、びりびり破るとか、その紙コップを使ってできる行為は全て「アフォードされている」んです。つまり内包されている。本来紙コップは、飲み物を入れて飲むということを意図しているものですが、意図されたこと以外のことも実はできる。モノが人に促す「行為の可能性」全てを「アフォーダンス」と言います。場やモノが人にいろいろな行為を促しているということなんです。

楠本: 言葉の使い方が間違っていたんですね。

早川: はい。アフォーダンスという言葉が流行ったきっかけは、認知科学者のドナルド・ノーマン教授によるものですが、ノーマン教授は後にアフォーダンスの誤用を認め、代わりに“サイン”や“兆し”といった意味を含む「シグニファイア(signifier)」という言葉を提唱しました。でもその言葉は流行らなかったですね。

楠本: 流行ったアフォーダンスデザインの考え方自体は残っているのでしょうか?

早川: デザインとは基本的にそうあるべきですので、残っています。普遍的な概念と言えますし、むしろ今まで普通にやってきたことを切り出してそこだけに光を当てたような印象です。例えばバリアフリーなども同様だと思います。

―「デザイン思考のすすめ―第4回:デザイン思考をプラスする」に続きます


■デザイン思考のすすめ ― インタビュー連載 (全4回)


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京都造形芸術大学 芸術学部 芸術教養学科 学科長 准教授 早川 克美 氏

武蔵野美術大学卒業。東京大学大学院 学際情報学府修了、修士(学際情報学)。
「人と情報」・「人と空間」の適切な関係を構築するデザイナー、「学びを支援する環境をどのようにデザインすれば有効なのか」をテーマにした研究者、そして「身の回りの環境を常に新鮮な目で捉えるデザインの感性・知性を育む学び」を支援する教育従事者としての3つの活動の有機的な連携に取り組んでいる。2004年グッドデザイン賞金賞、2007年JCDデザインアワード審査委員特別賞、FUSION MUSEUM KNIT × TOY(2007・SDA賞サインデザイン賞)、SHINJUKU PICCADILLY INFOMATION PROJECT(2009・SDA賞サインデザイン優秀賞)