京都造形芸術大学 芸術学部芸術教養学科 准教授・デザイナーの早川克美さんのインタビュー連載最終回です。(以下敬称略/全4回)


第4回 デザイン思考をプラスする

1. 街や人のつながりをデザインする「コミュニティデザイン」

楠本: 先生が最近注目されているデザインや、デザイン的発想から生まれたビジネスはありますか?

早川: 今、面白いなと思っているのは「コミュニティデザイン」。様々な街や都市で取り組まれていますが、そのコミュニティデザインを内包する概念が、「シビックプライド」という言葉だと考えています。その街に住んだり、働いたり、遊びに来る人たちが、その街に対して持っている誇りや愛着のことをそう呼ぶのですが、コミュニティデザインとは、自分たちが街と関わり、あらためて誇りや愛着を持つことで、街はもっと良くなるという当事者意識をデザインしていくことです。

代表的なものでは、オランダ・アムステルダムで実施された“I Amsterdam”という都市を挙げたキャンペーン。「私はアムステルダム」というキャッチフレーズのもと、市民に「自分たちが街そのもの」という意識を植え込むため、市は様々な人にデザインを依頼し多くのグッズを作りました。そうすると、市民や旅行客がそれを購入し持ち歩く。街のPRに皆が参加することになりますよね。街中をキャンペーンに巻き込むことで、一人ひとりの意識が変わっていくことを目的としています。

あとはスペイン・バルセロナで実施されたキャンペーン。通常やってはいけないこと、やってほしくないことを止めてもらうための論法は、「○○しないでください」「○○は禁止です」となりますよね。それに対してバルセロナでは、「あなたが○○をしないでくれたら、バルセロナの街はこんなに良くなります!こんなに楽しいことがあります!」といったポジティブな論法のキャンペーンをいたる所に仕掛けて成功したそうです。日本ではまだなかなかそういった挑戦的な取り組みはないのですが、最近あちこちで実施されているコミュニティデザインの中には面白いなと思う広告も見られるので、これからなのではないかと期待しています。

楠本: キーワードは、街とのつながりと街に住んでいる人同士のつながりですね。そこにフォーカスした活動をどうデザインしていくか。これはデザイン思考なのでしょうか?

早川: 参画している様々な人の考えを共有するプロセスとして、意識するしないにかかわらず、デザイン思考は盛り込まれていると思います。

楠本: 従来の形とは異なりますね。つながりがいろいろな力学を生み出すのですね。

 

2. マーケティングに「デザイン思考」を採り入れる

楠本: デザイン思考の話に戻るのですが、我々も含め、マーケティングに携わっている方が、マーケティングやブランド戦略の策定や実行のプロセスにおいて、デザイン思考をどのように採り入れていくべきか、ぜひヒントをいただけますか?

早川: マーケティングやブランド戦略を考える際に、アンケートを実施されると思うのですが、そうすると定量的な傾向が見えてきますよね。その傾向を基に戦略や施策を考えられるのだと思うのですが、そこにデザイン思考を採り入れるというのは、例えば突出した傾向値について、なぜこういう結果なのだろう?ちょっと現場を見てみようよ、というように掘り下げてみる、つまり「観察・共感・洞察」のプロセスを入れてみるということだと思います。そうすると、実はこんなことが起きている、というようなデータでは見えなかった気付きがある。それが戦略作りやコンセプト作りなどにも反映できると思います。

定量調査は、天気予報で言うところの天気図だと思っているんです。天気図上で前線がこうなっているからこの辺りは雨が降りそうだ、特にこの辺りはゲリラ豪雨がありそうだ、という予想はできる。その上で、実際にゲリラ豪雨はどんな雨だったのか、どんな傘を差したら無事だったのか、といった気付きを観察から得ることがデザイン思考のプロセスです。

天気図からはゲリラ豪雨の起こる場所と時間が予測できる。そして実際に現場に赴いて観察することで、どんなゲリラ豪雨なのか、どんな傘なら有効なのか、もしくは傘は役にたたないのか、などといったことを実感としてつかむことができる。そういう情報も重要だと思うんです。どちらのアプローチにもそれぞれ強みがあるので、どちらも否定するのではなく、組み合わせることによってより深い気付きを得ることができると思います。ですので、今までの手法をやめてデザイン思考を採り入れるべきという話ではなく、さらにデザイン思考をプラスするということがとても有効なのではないかと私は考えています。

楠本: 余談なのですが、リーマンショック以前、高級賃貸マンションを運営していたある投資ファンドが、情報投資を増やして定量的な情報だけで投資候補となる物件を評価する仕組みを導入しました。公示地価、周辺の家賃、人通りの多さ、足元商圏や人口といった定量的データから物件を評価し、例えばA判定ではいくらまでなら投資可能などと機械的に判断される。一見すごそうですが、何か気持ちが悪いですよね。その会社はリーマンショックの後しばらく持ちこたえたのですが結局続かず、ある総合商社に吸収されていきました。要因は他にもあったのですが、その仕組みを導入してからさらにおかしくなってしまったらしいです。データだけではなく、実際に見に行ってわかることってありますよね。なんだか少し嫌な感じがするなと思って調べていくと、実は周辺にあまり環境に良くない施設があったり、地盤が良くなかったりなど、本来定量的なデータと、実際に観察してわかる条件を複合的に評価して判断すべきところ、天気図だけを見てどの傘を持っていけばいいか判断しようとした結果、ずぶ濡れになって流されて破綻してしまったのではないかと思います。

早川: すごくわかりやすいですね。

楠本: やはり情報の隙間ってどうしてもあって、その隙間を埋めるには人間的な視点が必要。どちらかだけではなく、どちらも重要ですね。ビッグデータマーケティングの時代ですが、ビッグデータはまさに天気図で、それだけを見ていると、重要な何かを見落としてしまうこともあるのでしょうね。

早川: そうだと思います。だからこそ、今あらためて人間的視点の重要性が言われているのだと思います。ビッグデータでなければわからないことも沢山あるけれども、それだけでは何か大切なことを落としてしまうのではないかという危機感を、皆さん本能的に感じているのでしょう。

楠本: デザイン的なアプローチ、デザイン思考は世の中に浸透してきていると思われますか?

早川: 徐々に浸透してきているかなと感じます。デザイン思考の勉強会があちこちで開催されたりしているので、ブームで終わってほしくないなと思います。日本は言葉だけが一人歩きしてしまって、使い古されてしまうようなところがありますが、そうではなく非常にベーシックなスキルとして、みんなが持っているという状況になってほしいなと思っています。

 

3. 読者の皆さん・マーケターの皆さんへメッセージ

楠本: 最後に、読者の皆さん、マーケターの皆さんにぜひメッセージをお願いいたします!

早川: 考えていることを頭の中にため込まないで、常に“見える化”してほしいなと思います。書いてみたり、気になったことを写真に撮っておくだけでもいいのですが、とにかく自分の頭の中だけに残すのではなく表に出すこと。そうすることによって、客観性が得られるようになり、自分の考えたことやなぜ?と思ったことに対して、もう一度振り返ることができるようになります。ぜひやってみていただきたいです。

楠本: 海外のある学校のカリキュラムは、まず自分が思ったことや自分の感情をしっかり表に出す、うれしいとか、面白くないなどといった感情をしっかり言葉にすることから始まるという話を聞いたことがあります。一つ一つの物事に対していろいろな見方があって然るべきだし、マスコミや他人が言うことが正解なのではなく、自分が面白いなとか、違うなと思ったら、それを常に表現するようにすることで、一つの物事に対する見方は一つでなくてもいいのだと、多様な感性・価値観をお互いに認め合えるような素地が生まれてくるのだそうです。素敵ですよね。先生がおっしゃった“見える化”して客観視するというのは、まさにそういうことかなと思いました。限定的なものの見方ではデザイン思考はできない、いろいろな視点・角度から物事を見ることが大事ですね。

早川: そうですね。全てのことをどうやって統合するかということにつながると思うんです。どうしても仲良くしようとすると、最大公約数でいいじゃない?ってなったりしますよね。そうではなく、違いを理解し合ったり、それを共有できたりすれば、統合的に解決することにつながっていくんじゃないかなと思います。

楠本: 私も意識してやってみます。

早川: それからマーケターの皆さんには、ぜひデザイン主導主義にも目を向けていただきたいのですが、同時にテクノロジーを意識していただけたらと思います。定量的なデータもいい、エスノグラフィーもいい。それに加えて、今どんなテクノロジーが日本に眠っているのだろう?といったことに目を向けると、すごく面白い化学反応が起きるのではないかと常日頃思うんです。今、テクノロジーとクリエイティブがすごく乖離してしまっているので、そんな化学反応にはなかなか出会えないですよね。マーケターの方々がコンセプトを立案する段階では、テクノロジーはあまり関係なかったりする。でも、テクノロジーが川上領域に近付くことで、新しいことが起きるんじゃないかと思うんです。どうやったら川上に近付けられるのかなといつも考えています。

楠本: イノベーションは非連続性を伴っているものだと思いますが、いろいろ見渡してみると、確かにテクノロジーが貢献していることが圧倒的に多いですね。多くの産業が成熟化する中で、非連続型のイノベーション・マーケティングを試みようとする時、単にコンセプトを作ったり広告を考えるのみではなく、テクノロジーにも明るく、そして常にアンテナを立てていなければ攻略できない時代がすぐそこまで来ているのだなとあらためて思いました。

早川: まさにそうですね。ぜひテクノロジーに関心を持って、近付いていただけたら、弱っている日本が少しは元気になるのではないかなと思います。(終)


■デザイン思考のすすめ ― インタビュー連載 (全4回)


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京都造形芸術大学 芸術学部 芸術教養学科 学科長 准教授 早川 克美 氏

武蔵野美術大学卒業。東京大学大学院 学際情報学府修了、修士(学際情報学)。
「人と情報」・「人と空間」の適切な関係を構築するデザイナー、「学びを支援する環境をどのようにデザインすれば有効なのか」をテーマにした研究者、そして「身の回りの環境を常に新鮮な目で捉えるデザインの感性・知性を育む学び」を支援する教育従事者としての3つの活動の有機的な連携に取り組んでいる。2004年グッドデザイン賞金賞、2007年JCDデザインアワード審査委員特別賞、FUSION MUSEUM KNIT × TOY(2007・SDA賞サインデザイン賞)、SHINJUKU PICCADILLY INFOMATION PROJECT(2009・SDA賞サインデザイン優秀賞)