昨今のマーケティングを取り巻く変化から、各企業はどのような組織再編を行うべきか。主に30歳代~50歳代の上司世代に向けて、博報堂コンサルティングの池田氏が「自律組織へのシフト」という基本コンセプトと「3つの原則」の考え方について語る。


組織設計の3つの原則

実際に組織設計を行う際の参考として、以下では私が考える組織再編の「3つの原則」をご紹介します。キーワードは、「デジタルファースト」、「ブランドファースト」、「フェイルファースト」です。

販促会議_図

 

原則① デジタルファーストの部門単位設計(デジタル>リアル)

デジタル(Eコマース=EC)とリアル(店舗)の最適な組み合わせ、すなわちオムニチャネル戦略は昨今の販促における大きなテーマの1つです。このテーマについて、組織設計の観点から課題を挙げるとすると、いまだに多くの企業ではEC事業部を1つの仮想店舗のように位置付けていて、リアル店舗との融合による最適化がなされていないことにあります。
大手で歴史のある企業ほど、どうしても「リアル店舗ありき」の組織設計思想から脱却できず、その結果、リアル店舗とEC事業部の間で社内競合が発生しており、それがEC事業の拡大を阻害しているという状況が見られます。典型的には、リアル店舗側の「EC部門に売り上げや在庫を奪われたくない」という不満と、 EC事業部側の「会社は根拠のない数字目標ばかりを押し付けてくるだけで、それに見合ったリソースを配分してくれていない」という類の不満が挙げられます。
この問題を解決するには、「リアル店舗ありき」ではなく、「デジタルファースト(まずデジタルありき)」の設計思想への発想の転換が必要となります。すなわち、まずデジタル上での顧客体験を設計し、どうしてもリアルでしか提供できない体験のみをリアル店舗で補う、という思考アプローチです。この順番で考えれば、組織設計も自ずと変わっていきます。
従来のようにEC事業部を一つの仮想店舗のように扱うのではなく、店舗も含めた全体の基盤となるデジタルプラットフォームとして位置づけられ、そこから各リアル店舗をディレクションするという指揮命令系統に、業務プロセス全体も大きく変わるはずです。
 

原則② ブランドファーストの評価制度設計(ブランド体験>セールス)

評価制度は人間の行動を左右するものであり、評価制度が変われば人の行動は変わります。販促の現場におけるKPI(重要な業績評価の指標)は、結果指標の「売り上げ」(セールス)ではなく、中間指標の「顧客満足度」(ブランド体験)であると心得るべきです。
上司世代の中には、「売ってナンボ」の価値観で育った方々も多いかもしれませんが、あらゆる市場が成熟しきっているいまの時代、もはや現場の属人的な販売力だけに頼るには限界がきていることを認識しなければなりません。現場では「顧客満足度」を上げるためのブランド体験の提供に注力させ、「売り上げ」についてはマネジャーである自分(上司世代)たちの責任範囲とするのが原則となります。
実際に、「顧客満足度」をKPIとして事業成長に成功している事例として、星野リゾートが挙げられます。星野リゾートでは各店舗(施設)のKPIを「顧客満足度」、本社マネジメント部門のKPIを「売り上げ」(客単価や稼働率)と切り分けることで、現場の顧客満足度向上を実現しています。
一般に旅館は、支配人が「売り上げ」と「顧客満足度」という二兎を追ってしまう結果、どうしても短期的な売り上げ追求の力学が働き、顧客満足度が犠牲になってしまうということが起こりがちです。星野リゾートの成功のカギは、施設側に短期的な売り上げ責任を押し付けることをせずに、本社マネジメント側でこれを引き取るという評価制度の工夫にあると言えるでしょう。
また、最近では売りを前提にしないリアルの場も増えています。自動車の販売ではなく、カフェや試乗などを体験する場を提供している「Mercedes me(メ ル セ デ ス・ミー)」や、出産の近いプレママ・プレパパ向けに、沐浴や着替えを体験する場を提供している「ファミリア代官山店」などは、その典型的な事例となります。
仮にこのような体験提供型店舗で、上司世代が「せっかくだから、この場を活用して来店客にガンガン売り込もう」などと口出ししてしまっては台無しになってしまいます。
現在では単純に購入するだけであればECで事足りることも多いため、リアルの場ではセールスよりもブランド体験のほうが重要となる場合が多いのです。今後は、このように売りを前提としないリアルの場はますます増えていくことになるでしょう。
 

原則③ フェイルファーストの決裁プロセス設計(早い失敗>遅い成功)

部下が起案した企画やアイデアを上司が決裁する。これは当たり前のことだと思われるかもしれませんが、最近ではこの当たり前の仕組みが機能しなくてなっています。この仕組みの前提には、決裁者である上司のほうが部下よりも判断能力が高いという前提条件があります。判断能力に優れた上司がさまざまな企画にスクリーニングをかけ、成功する確率の高い企画のみを厳選して実施するというアプローチです。
しかし、デジタルテクノロジーやミレニアル世代の台頭による、かつて誰も経験したことのない昨今の市場環境においては、必ずしもこの「上司の方が部下よりも判断能力が高い」という前提が成立しません。いかに経験豊富なベテラン上司であっても、いまの時代にどのような販促施策が成功するかを正確に判断すること難しくなっているのです(というより、正確な判断なんて誰にもできません)。そのため、この決裁の基準やプロセス自体を見直す必要があります。
具体的には、まず時間をかけて成功確率の高い企画を選ぶ努力を止めましょう(諦めましょう)。その上で、なるべく多くの企画やアイデアのプロトタイプをスピーディーに小規模テストマーケティングにかけ、消費者と直に対話し、なるべく早いタイミングで失敗を経験できるような仕組みを作らなければなりません(フェイルファースト)。素早く失敗すれば、致命的な深い傷を負うことなく、その学びを次のステップにつなげることができます。
その際、企画やアイデアの良し悪しについては実際の消費者や世の中からのフィードバックのみを信頼し、上司世代の主観に基づいた価値判断を決して持ち込まないことがキーポイントです。つまり、まず上司は自分にどの企画アイデアが優れているかの判断能力はないという前提に立ち、全てのアイデアに可能性があるというスタンスを取らなければなりません。上司のその謙虚なスタンスがあってこそ、小さな失敗を素早く経験し、それを次に生かす仕組みを作ることが可能となるのです。

実際の組織再編というのはなかなか理論通りには行かないかもしれませんが、「自律組織へのシフト」という基本コンセプトと「3つの原則」の考え方を念頭に置いて、ぜひ新年度からチャレンジしてみてください。そして、自分の部下を信頼して、必要以上に現場には口を出さず、マネジメントに徹することで、若い部下たちがのびのび働ける環境を作っていただきたいと願っています。

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※本コラムは、株式会社宣伝会議発行の「販促会議」(2018年3月号)に寄稿した内容を転載しております。